『かすかな細い希望の声』
はじめに
本日は、神のみ言葉こそが、人を真に生かし、回復や希望をも与えることをみます。
Ⅰ.神の前に立ちなさい
預言者エリヤは、カルメル山上で、バアルの預言者450人に対してとひとりで対決して勝利を得ました(Ⅰ列王記18章)。しかし、彼は、偉大な神の御業を見たにも関わらず、神に立ち帰ることをしない民や、王妃イゼベルが自分の命を狙っていることを知って、深い絶望に追い込まれました(Ⅰ列王記9:4)。
エリヤは、困難や苦しみの中で、「洞窟」に閉じこもってしまいます。神はそんなエリヤを養い、時を与えた後、神の前に立つようにと語られます。真の慰めや励ましは、神によるしかないからです。神はすべての人に、ご自身の前に立ちなさいと招いておられます。主の招きに応えましょう。神の前に立つことから、神の励ましと恵みが与えられることが始まるのです。
Ⅱ.神のかすかな細い声
神がエリヤに、神の前に立つようにと命じられた時、激しい大風が吹いたり、地震や火がありました。しかし、いずれの中にも神は居ませんでした。ただ、火の後に、「かすかな細い声」があっただけでした。彼はこれを聞くと、ただちに洞穴の入り口に立ったのでした(Ⅰ列王記19:11-12)。
主は、私たちと同じ人となってこの世に来てくださいました。人のままであったなら、時間や場所などの制限を受けます。しかし、聖霊はそれらのものに支配されることはありません。時代や場所などのあらゆる制限を超えて、主を信じる全ての者の内に聖霊が住んでくださっています。主の霊である聖霊をうちに迎え入れましょう。聖霊は、主の十字架の贖いによって、求める者には必ず与えられ(ルカ 11:13)、常に聖徒と共におられるお方なのですから(マタイ 1:23)。
Ⅲ.神から使命を与えられて生きる
エリヤは、神のみ前に立った時に、はじめて自分の思いを神に述べました。つまり、彼は、祈りの中で、自分の苦しみや悲しみ、絶望を神に訴えたのです。神は彼に答えて、もとの場所(ダマスコの荒野)へ帰ることを命じて、これから彼が成すべきこと、歩んで行くべき道を示されました。さらに、主は「わたしはイスラエルの中に七千人を残している。」と告げられました(Ⅰ列19:15-18)。
希望を失ったエリヤへの解決は、「かすかな細い声」のように聞こえる神のみ言葉でした。神からの語りかけのうちに、真の絶望からの回復があったのです。今の私たちに告げられている神のみ声は、御子イエスが、私たちのために十字架で死んで、三日目に復活してくださったことです。主の十字架による罪の赦しと永遠の命の約束こそが、私たちの希望です。聖霊は、主イエスを指し示し、私たちのうちに神の前に立つ希望を確信させてくださいます。私たちは、この生ける望みと共に使命を与えられ、主と共に歩むようにされていることを覚えましょう。
おわりに
主なる神は、希望を失い、疲れ果てたエリヤに、「かすかな細い声」をもって回復と新しい希望を与えられました。真の回復、そして希望を与えるのは神のみ言葉です。神の言葉が人となられたのが、イエス・キリストです(ヨハネ1:1、14)。キリストにこそ、私たちの希望と永遠の命があります。主の言葉を信じて、今在る所を歩み続けましょう。

