『エリヤからエリシャへ』
はじめに
本日は、神の預言者としての働きと力が、エリヤからエリシャへと引き継がれたことをみて、神の働きは常に変わることなく継承されていくことをみます。
Ⅰ.預言者の働きの継承
預言者エリヤは、主なる神から、三人の人に油を注ぎ、それぞれの務めに任命することを命じられました(Ⅰ列19:15-16)。
エリヤは神のみ言葉に従って、エリシャに「自分の外套を彼に掛け」(Ⅰ列19:19)、自分の後継者とします。その後、「エリヤは竜巻に乗って天へ上って行」(Ⅱ列2:11)きましたが、これをエリシャが見たことは、彼がエリヤの後継者として立てられたことのしるしでした。預言者エリシャは、神によって選ばれたのです。神のみ旨を行う者たちは、いつの時代でも神が選び呼び出した人たちを通してなされて行きます。今日、主イエスの十字架の贖いによって、私たちクリスチャンは主の働きを成すべきものとして選ばれていることを覚え、与えられた使命を成し遂げさせていただきましょう(ヨハネ15:16)。
Ⅱ.エリヤから離れない
エリヤが神によって取り去られる日、彼はエリシャを連れてギルガルを出ます。しかし、彼はエリシャに、「ここにとどまっていなさい。主が私をベテルに遣わされたから」と言います。エリシャはそれに対して、「私は決してあなたから離れません」と答えました。同じことが、三度繰り返されました(Ⅱ列2:2、4、6)。エリヤはこれによって、エリシャを試みたと考えられます。
神の働き人としての務めとその継承は、後継者となる者が、その働き人と常に共にいて、その歩みと働きをしっかり見なければなりません。モーセの後継者となったヨシュアは、常にモーセの側近くに居て、その歩みと働きを目の当たりにしていました。また、主イエスは12人の弟子たちを選んで任命した時、彼らをご自分のそばに置くためでもあったことが記されています(マルコ3:14-15)。パウロも、「私に倣う者となってください」と勧めています(Ⅰコリント4:16)。私たちは、「信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないで」(へブル12:2)いましょう。
Ⅲ.働き人から次の働き人へ
エリシャは、「あなたの霊のうちから、二倍の分を私のものにしてください」とエリヤに願いました。それに対してエリヤは、自分に与えられている霊、つまり預言者としての務めは、自分の一存で誰かに譲るような仕方で受け継がせることができるものではなく、それを受け継がせるのは、主なる神だけであるということ。そして、それは、エリヤ自身が主によって取り去られるのを見ることによってこそ実現すると語りました(Ⅱ列2:9-10)。
エリシャは、エリヤが天へ上って行くのを見たので、確かにエリヤの後継者は自分であることを知ります。しかし、旧約聖書は、天に上げられたエリヤが、もう一度来て、救い主の到来の道備えをするという預言を語っています(マラキ4:5-6)。その預言は、洗礼者ヨハネが現れたことで成就し、救い主イエス・キリストが来られる道備えとなります。エリヤからエリシャへと受け継がれた神の救いのみ業は、ここで終わったのではなく、主イエス・キリストによって、その十字架の死と復活によって実現します。私たちは今、その救いにあずかって歩んでいることを覚え、私たちもまたキリストの救いを証しする者とされていることを覚えましょう。
おわりに
神のみ言葉は、それぞれの時代に預言者たちによって告げられ、示されてきました。今は、御子イエスの十字架の贖いによって、救いをいただいた私たちクリスチャンに福音のみ言葉は委ねられています(へブル1:1-2)。教会への神の召命と賜物は変わることがありません。主の救いのよき訪れを宣べ伝えて行くことには終わりはありません。次に主を宣べ伝えて行く働き人が起こされるよう、主に祈り願ってまいりましょう(ルカ10:2)。

